吉祥寺の音楽スタジオGOK SOUNDです。

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7号大友良英

音楽事始第3回1970年代前半2 最初の楽器

 オレの中学生の頃ってのは、実にいけてない感じで、成績こそ良かったけど、それ以外は、なにをやってもぱっとしないじみ~な男子だったのだ。だいたい運動神経がなかったのが致命的。女の子にアピールしたくても文科系じゃあね。
 唯一人と違ってたところがあったとしたら、シンセのようなものを中2でつくったことではないかな。親父が電気技師だった関係で、家には普通に電気工具や真空管がごろごろしていて、中学にあがったころにはラジオくらいは作れるようになっていたのだ。
 深夜放送でロックにはまって以来、音楽をやりたい気持ちだけは強くあって、でもそんなこと恥ずかしくて誰にもいえなかった。楽器なんてなにひとつ出来なかったし、そんな才能があるとも思えなかったのだ。そんなわけで、オレが最初に目指したのはラジオ局のエンジニア。これなら電気の知識もあったしで、出来そうな気がしたのだ。当時の日記によると、自分で移動可能なラジオ局をつくって、好きな音楽を流しながら、これにシンセの音をかぶせたりテープコラージュで番組をつくったりするのだ…なんてことが書いてあって、これじゃ今やってることとあんま変わってない。ってか当時リミックスとかサンプリングなんて考え方はなかったのに、やるじゃん、オレ。
 で、最初に自作したのがこのシンセ。電気工作の雑誌に簡単なシンセの回路図が出ていて、それを真似てつくったものだ。当時出たばかりのミニムーグは僕らには夢のような楽器で定価は数十万円。中学生が逆立ちしたって買えるような金額ではなかった。自作するしかない。今から考えるとシンセと呼ぶのもおこがましい発信機に毛に生えたようなものだけど、それでもつまみをひねってピュ~~ンって感じで音が出たときは本当に興奮した。写真は当事の日記に書いた自作シンセのスケッチ。脇にMOOGなんて書いてあるのは、まあ興奮して憧れをそのまま書いたんだろうなあ。
 このシンセ、確か夏休みだか冬休みの自由課題ってことで学校に持っていってみんなに見せたんだけど、誰にも興味を持ってもらえなかった記憶がある。しょぼん。これで女の子にも注目されるかと思ったのに…。
 人前で音楽をやるようになるのはもう少しあとのこと。でも最初からうまくいったわけではもちろんない。そんな話はまた次回。 (大友良英)
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