吉祥寺の音楽スタジオGOK SOUNDです。

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【大友良英 オレの音楽事始 その1 1960年代 】

 まずは、この写真を。いい写真でしょ。裏には昭和35年(1960年)8月24日って書いてあるから、今から半世紀も前のものだ。ランニングシャツにステテコ姿、うしろに見える箪笥や扇風機、今となっては夢のような過去になってしまった昭和の下町の風景。実はこれ、横浜の杉田にあったおふくろの実家の宴会のひとコマなのだ。

 右下のガキが1歳になったばかりのオレ。

 となりがおふくろ。まわりにいるのは、おふくろの兄弟姉妹たち。マイクを持って歌ってる美人は、となりに住んでいたお京姉さん。ここに毎週のように親戚や近所の友達があつまって、呑めや歌えやの宴会をひらいていたのだ。オレが小学校にあがる頃まで、毎週末この状態が続いていて、子供心にも杉田に行くのが楽しみだった。そう、オレにとって杉田に行くってのは、大人にまざってこの宴会に参加することだったのだ。人生史上最も幸せだった時期。

 それにしても、みんななにを歌ってたんだろう。右下にはテープレコーダーも写っているから、歌ってるだけじゃなくて、しっかり録音までしてたわけだ。今はなくってしまったけど、のちのちまで残っていた当時の8mmフィルムには、3歳だったオレがみんなの前で、植木等とクレイジーキャッツのスーダラ節を踊ってる姿がはっきりと映っていた。

 そうそう、当時、この家には大きめのポータブルレコードプレーヤーもあって、ガキの頃のオレは、ここに行くとこのプレーヤーでかならず坂本九のドーナッツ盤をかけていたっけ。いつもプレーヤーのまわりをぐるぐると回って踊りながら聴いていた。A面が「悲しき60歳」、B面は「素敵なタイミング」。今でもこの2曲を聴くと踊りたくなる。

 うんざりするくらい、海外のインタビュアーから日本の伝統音楽の影響について聞かれるけど、そんなもん、こんな環境で育ったオレにあるわけねえだろ・・・って答えることしてる。クレージーキャッツや坂本九が、まぎれもないオレの音楽の原点なのだ。 (大友良英)
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