吉祥寺の音楽スタジオGOK SOUNDです。

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Querida Argentina!~親愛なるアルゼンチンへ~第三回

 ブエノスアイレスではタンゴ、サンティアゴ・デル・エステーロではフォルクローレのミュージシャンと数多く関わってきたわけですが、みんなとにかく親切です・・・。

 それはかなりのカルチャーショックを受けるほどで、たとえば有名なタンゴのライブハウスに聴きにいく。すばらしい演奏だったので、恐る恐る楽屋へ行ってつたないスペイン語で「とてもよかったです」となんとか伝える。すると、「明日にでもうちに遊びにおいで。レッスンしてあげるし、お金は気にしないでいいよ」といわれる。ほんとに、行ってみる。すると、その家族が有名な音楽一家だったりしてもてなしてくれる。そして、自分のバンドの譜面を「参考になると思うし、きみのバンドでも弾いてくれたらうれしいよ」とホテルまで持ってきてくれ・・・・。こんなこと、日本ではありえない、ですよね・・・。

 新年早々、フォルクローレの聖地・サンティアゴ・デル・エステーロに行きましたが、このときもたくさんのサプライズが用意されていました。仲良しのミュージシャン仲間のもとに、残念ながら去年、肝臓ガンで亡くなった私の長年の共演者のギタリストのギターを託しに行ったのです。彼とは2度、一緒にサンティアゴに演奏に行っており、そのときも今回も宿泊は現地ミュージシャン宅。「ここはもう、あなたの家と同じだよ」という言葉どおりの家族ぐるみの歓迎を受け、私の持参したギターで彼らの新しいアルバムのレコーディング、そして3万人を超える大きなフェスへの参加、新聞社やラジオなどのメディアでの演奏などたくさんの仕事をともにしました。もちろん、このことは事前には聞いておりません(笑)。こちらも、そのつど、ベストな対応を心がけつつ、本当に感謝の気持ちで一杯でした。今でも、空港で涙を浮かべながら私たちを待っていたサンティアゴの人たちのことは忘れられない思い出です。

 基本、演奏家や音楽に対する尊敬の念があるんだと思います。日本でもアルゼンチンでももちろん、音楽を続けていくことはけっこう大変だけれど・・・それでもこんな楽しい思い出ができると、やっぱり音楽は素晴らしいし、がんばって続けて行きたいと改めて思ったりして。アルゼンチンは遠いし、なかなか思うようにはいけないけれど、数年に一度くらいはこんな思いを噛み締めたい。彼らは「またおいで」とはいいません。「帰っておいで。アルゼンチンへ」。     小川紀美代(バンドネオン奏者)
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ブロマガって何?
【大友良英 オレの音楽事始 その1 1960年代 】

 まずは、この写真を。いい写真でしょ。裏には昭和35年(1960年)8月24日って書いてあるから、今から半世紀も前のものだ。ランニングシャツにステテコ姿、うしろに見える箪笥や扇風機、今となっては夢のような過去になってしまった昭和の下町の風景。実はこれ、横浜の杉田にあったおふくろの実家の宴会のひとコマなのだ。

 右下のガキが1歳になったばかりのオレ。

 となりがおふくろ。まわりにいるのは、おふくろの兄弟姉妹たち。マイクを持って歌ってる美人は、となりに住んでいたお京姉さん。ここに毎週のように親戚や近所の友達があつまって、呑めや歌えやの宴会をひらいていたのだ。オレが小学校にあがる頃まで、毎週末この状態が続いていて、子供心にも杉田に行くのが楽しみだった。そう、オレにとって杉田に行くってのは、大人にまざってこの宴会に参加することだったのだ。人生史上最も幸せだった時期。

 それにしても、みんななにを歌ってたんだろう。右下にはテープレコーダーも写っているから、歌ってるだけじゃなくて、しっかり録音までしてたわけだ。今はなくってしまったけど、のちのちまで残っていた当時の8mmフィルムには、3歳だったオレがみんなの前で、植木等とクレイジーキャッツのスーダラ節を踊ってる姿がはっきりと映っていた。

 そうそう、当時、この家には大きめのポータブルレコードプレーヤーもあって、ガキの頃のオレは、ここに行くとこのプレーヤーでかならず坂本九のドーナッツ盤をかけていたっけ。いつもプレーヤーのまわりをぐるぐると回って踊りながら聴いていた。A面が「悲しき60歳」、B面は「素敵なタイミング」。今でもこの2曲を聴くと踊りたくなる。

 うんざりするくらい、海外のインタビュアーから日本の伝統音楽の影響について聞かれるけど、そんなもん、こんな環境で育ったオレにあるわけねえだろ・・・って答えることしてる。クレージーキャッツや坂本九が、まぎれもないオレの音楽の原点なのだ。 (大友良英)
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